冬季入山者へのお願い

 

 ここ数年の登山ブームや、バックカントリーに出るスキーヤー,ボーダーの人口増等の影響により、乗鞍の積雪期でも入山者は増加しております。それに伴い遭難などの問題も発生しています。ここではいくつかの点についてお願いをいたします。

①スキー場トップより上は自己の責任で

 最近よくある質問が、「山荘まではトレースがありますか?」や「スノーシューは必要ですか?」というのがあります。少し前なら考えられない質問だと思いますが、今は恥ずかしげもなく当然のように発せられます。冬季は雪が積もっているのが普通で、それを自分の(自分たちの)力で克服して進むという事が必要になってきます。それがまた冬山の魅力の一つだと思います。トレースがあればラッキー、無くても自力で行けるという考えでお願いします。


②冬季の単独行はさらに慎重に
 夏山でもそうですが、最近の流行として単独で入山する方が非常に増えています。特に平日は、休みを合わせるのが難しいのかそれが顕著です。しかしながら冬季の単独行というのは非常に危険です。リスクをすべて自分ひとりで背負わなければいけません。入山者が増えたとはいえ、常に人の姿が見えているわけではありません。ましてや視界がきかないときなどすぐにひとりぼっちになります。自分の身に降りかかるすべてのリスクを自分で解決できるという自信があって、初めて冬季の単独行が可能になると思います。吹雪の日に、「一人でラッセルしてきたからへとへとです。」と言葉少なに、半分怒ったように山荘に到着する方もたまに見られますが、単独で来ていればそれは当然です。自分の技量(体力、経験も含む)に合った行動をお願いします。
 ちなみに、乗鞍におけるここ最近の遭難事案は、ほとんどが単独行の道迷いです。


③八ヶ岳のようには入山者が多くない
 入山者が増えたとはいえ、メジャー山域の八ヶ岳や西穂、正月の燕岳等とは比較になりません。「自分の前後に常に人影が見え、そのトレースに沿って歩けば地図も見ずに目的地に着ける。迷えば人に聞けば大丈夫だろう。」乗鞍はそんな感覚ではありません。
それに登山者とシール歩行するスキーヤーとは歩き方が違います。先行者がいたとしてもそれがスキーヤーであれば、スノーシューやワカンを使う登山者とは歩くルートが変わる場合あります。幅1mの登山道が続くのであれば誰もが同じ場所を歩きますが、乗鞍の主ルートのツアーコース等は、幅が15m程ありどこでも歩けます。そのため誰もが歩きやすいように歩くため1本のトレースにはなりにくいのです。ましてや、雪が降ってリセットされるとどこにトレースが隠れているかが分かりづらくなります。そういった乗鞍の状況を十分に把握してきてください。
 乗鞍はスキーヤー,ボーダーの方が多いです。ピークを目指す登山者とは違い、その人たちは必ずしも最高峰の剣が峰が目的ではありません。そのため彼らの後に付いて行ったら別の場所だった。よく聞く話です。


④乗鞍はラッセル力と読図力が必要
 「危険な箇所はありますか?」これもよくある質問です。「剣が峰を目指すなら肩の小屋から上がクラストしているのでしっかりとしたアイゼン歩行技術が必要です。強風にもご注意ください。」とお答えします。しかしながらそれ以前に乗鞍で必要なのはラッセル力と読図力です。先ほどからも書いてますが、入山者が増えたとはいえ、それは行列をなすというレベルではありません。吹雪時30分もたてばトレースはすぐに消えてしまいます。しかも先行者のトレースがどこにあるか分かりにくい。十分な体力が必要です。人のトレースの跡しか歩いたことのない方は気を付けなければいけません。また、ツアーコース内はトレースがあったとしても、その先山荘までの部分が要注意です。スキーヤー,ボーダーは日帰りの方が多く、ツアーコースから直接上部を目指す方がほとんどです。そのためツアーコース終点から山荘まではトレースが少なく、距離の割には時間がかかってしまいます。
 かもしかリフト終点から山荘まで、雪の状態が良ければ2時間30分から3時間が目安です。しかし雪の状態が悪ければ、どれだけ掛かるかわかりません。ふだん私は食材を背負って、雪の状態が良ければ約2時間、しかし、過去最悪の時は7時間30分掛かりました。それも途中で一部荷物をデポしてようやく山荘に到着しました。それだけ雪の状態に左右されるという事です。
 次に読図力です。ツアーコースは幅15m程の切通しなので、その内を歩くには地図が読めなくても自然とルートを導いてくれます。しかしその先は読図が必要になります。ツアーコース終点から山荘までは赤布を付けていますが、視界不良時はその赤布を探して歩かなければいけません。また、それ以外のルートは冬用の道標はありません。山容がなだらかでどこでも歩きやすく滑落の危険は少ない一方、迷いやすくなります。特に位ヶ原と呼ばれる雪原は、経験を積んだベテランでも吹雪けば迷ってしまう可能性はあります。
 乗鞍は夏の楽々登山の印象が強いため、安易にお考えの方が多いですが、この2点が非常に重要です。この2点は雪山の基本中の基本だという事を十分にご理解ください。
 山荘泊で剣が峰ピークを目指しても、年末から3月上旬は登頂率は半分いかないでしょう。意外でしょうが、そう簡単ではありません。


⑤心構え

 最後に数年前実際にあった話をひとつ。2月の平日に単独行の予約がありました。運悪く前夜から吹雪となりどっさりと新雪が積もり、まだ止む気配がありません。こんな日は他にはお客さんは無く、どうするかなと思いつつ暗くになっても到着しません。携帯番号聞いていたので連絡を取ると、ドコモだったので電波の無い場所にいるとのことでした。そうなると山荘に向かっている可能性が高いと思い、夜遅くまで待ちました。電話は相変わらずつながりません。待ってますとメッセージだけをいれました。9時を過ぎ消灯の時間となりましたが、明りが点いてるほうが小屋の場所が分かるだろうと消さずに逆に赤々と灯しました。とうとう朝を迎え、さすがに様子を見に行こうかと出かける準備を始めました。出る前にもう一度電話してみると、なんと着信拒否されてました!無事が確認されて良かったのは確かですが、がっくりです。こういう心の持ち主までが入山していると思うと・・・・・



長々と書きましたが最後まで目を通していただきありがとうございました。事故の無いよう、楽しい冬山登山をお楽しみください。